筋肉馬鹿から学んだクリエイターの姿勢

レスキューの親友はこれがまたとんでもない筋トレマニアで、筋肉馬鹿と呼ばれることを特に好みます。 自然がとにかく大好きな彼は、山を走り岩に上り海川に潜るという どこぞのガキ大将も真っ青なお猿さん。今年の夏は知人の子供さんたち高校生連中を連れて行って渓谷の岩から突き落とし、岩棚からハーネスとロープで降下させて本気でビビらせたと報告を受けて、正直戒めるべきか笑って流すべきか悩みます。 この1か月色々あり、彼にトレーニングを指導してもらうようになりました。 彼いわく、訓練に近道はない、と。 市販されているザバスなどのプロテインは筋肉強化に有名ですが、あれはそもそも食品接種を切り詰めた中で筋肉生成の栄養素となるたんぱく質だけは確実に摂取できるようにするためのもので、運動量がなくては単に太るだけだそうです。 またヴァームウォーターなどのアミノ酸飲料も、身体にたまる乳酸の処理を活性化して疲労発生までの距離を伸ばし、トレーニング時間を長く取ることができるようにするもの。 つまり、どんな補助食品や道具を使っても、基礎的な訓練と鍛錬なくしては意味がないようです。 創作の世界を漂っていると、時に職人と呼ばれるような方々とお会いします。 そういう方は、なんとなく体育会系と同じ香りがするなと常々思っていました。 生まれ持ったセンスや適性はあるかもしれませんが、結局はどれだけの訓練をし続けたかによるのでしょう。 訓練にももっとも効果の良い方法や目的のレベルまでの最短ルートを取る方法があります。 そういったものも、堅実に自分自身を訓練するかどうかを土台にしているのでしょうね。 見たもの、聴いたもの、感じたものをインプットし、咀嚼して解釈し、記録してアウトプットする。 この工程は個人差はあれどひどく技術と経験を必要とするもので、それは体術のように身体に覚えこませるものでもあるのかもしれません。 高校生のころ、英語の教諭から「聴く」という字の構造について教えられたことがあります。 「聴」という字は、耳、目、心が入っていると。 インプットするということがどういうことであるか、よく示している字だと思います。 この5,6年間、創ることよりも組織を運用することだけに腐心して、苦しくて苦しくてたまらなかったのですが。 少しばかり、そういう”職人”が作り上げてきた道を辿って、自分自身を鍛錬したいと思わせられます。 あまりこういう精神論は出すもんじゃなくて、しかも自分個人の内容を羅列するのはそーとーに恥ずかしいものなのですが、自分のメモ用に始めたブログということで、ある種自分への焼き印のような形で残しておこうと思います。 来年の夏はシャワークライミングとダイビングのライセンス取得とパラグライダーやりたい。 がんばる。
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